2015年4月6日月曜日

私の覚書 母親が育てる vs 保母さんに子育てしてもらう

マシュマロ実験の様子をYou-tubeで見ることが出来る。
しばらく前のことであるが、そのオリジナルの実験結果について、ボディナミックのワークショップで講師のLisbeth Marcher から次のように聞いた。

我慢して待てた子は、大きくなってから幸せにになった。
我慢できなかった子は、大きくなってからいろいろと大変な人生を送ることとなった。

自分の子どもは健康で幸せになってもらいたい、と親は懸命に子育てする。しかし、なぜか結果的に自分が「毒親」となることも多々ある。懸命に働き子育てしたのにどこに「足りないところ」があったのか。

ボディナミック性格構造は健康に生まれた600人の赤ん坊を12歳になるまで追跡調査してまとめたものである。性格がどのようにできあがっていくのかが具体的にまとめてある。3歳児神話だなんだかんだという前に、この調査結果を知り、どのように子育てをしていくのかを自分で考えてみる必要がある。


ボディナミックス(Bodynamic system)は、日本では専門家にもまだあまり知られていない身体心理療法であるが、ヨーロッパでは身体心理療法のトップランナーである。ネット検索で確認できる。

私の覚書 祈り

 祈りを大切にしたい。順境・逆境のいずれであっても感謝の祈りを忘れない生活を送りたい。祈りは、自分を超える大いなる存在との対話であり、その存在のイメージは人それぞれである。(例えば、神様、仏様、観音様、大自然、大宇宙、クリスチャンであればイエス・キリスト、自助グループではハイヤーパワー。)
 人は誰でもスピリチュアル(霊的)な存在である。だから家族や友人の病気回復のためには誰でも祈るし、墓参りをするときは亡き人に語りかける。また、人の力ではいかんともしがたい状況・状態にあるときにも自然に人は祈る。

 スポーツ応援においても祈っているファンの姿は珍しくない。つまるところ、祈るしかないときには人は祈っているのである。

2014年5月1日木曜日

Q. 22 人の話をどのように聴けばいいのか?傾聴・共感とはなにか?

 定義の一つですが、傾聴とは相手の世界に触れさせてもらうことであり、共感とは触れさせてもらったことを、相手の「ものの見方」のままに伝えることといえます。

 話し相手はいつも「気持ち」と「出来事」伝えようとしています。気持ちとは「感情や情動」のことであり、出来事とは「経験・行動(自分がしたこと・しそこねたこと)」のことです。なお、人は自分の行動については話したがりません。行動には責任が伴っていることをひそかに知ってますから。

 聴き手は、これら二つのことについて言語・非言語を介して相手の話の理解に努めます(=傾聴)。そして、「~と感じているのですね。~なので。」(=共感)と気持ちと出来事にふれていきます。

 これだけのことが実行できれば、すれ違いや誤解のない対話は可能になると思います。対話ではなく喧嘩になるようでしたら、多分、すぐに批判・アドバイス・意見・自己主張・説得・説明・人生論・無視・叱責・懇願・その他・などの内容でもって返事をしているかと思います。どうぞいつものコミュニケーションを確認してみてください。 


 しかし、問題解決にいたるまでの支援のやりとりはここにとどまりません。それで、ボディナミックスでは、「Bodyknot, ボディノット」というコミュニケーション・メソッドを対話のガイドラインとしていつも活用しています。このメソッドには、勿論、傾聴と共感も含まれています。

2014年4月2日水曜日

Q. 21 相談に行き今より状態が悪くなることはありませんか?


 はんだカウンセリングハウスでは、リソース(資力)を高めることを大切にします。リソースとは、これまでの生存を支えてくれた力です。どのようなリソース(資力)であれ、ある力(パワー)をもっていたからこそ私たちは今まで生き続けています。たとえそれらがどのように偏っていたとしても、これまでの生存を支えてくれた資力であることには違いないのです。

 ハウスでは、具体的な問題をとりあげ防衛機制を壊すことなく、よりバランスのとれた資力を高める支援を行います。つまり、今抱えている具体的な問題に関係がある古い防衛機制を壊すのではなく、自然に手放すことができるように資力のアップデート支援を行います。

 問題を抱え困っている人の中で眠っていた資力を活性化していく過程において、偏った資力、言い換えるならば、人それぞれの防衛の在り方であり性格のことですが、それらがバランスを取り戻し初め、人は新たな選択肢を見いだすようになります。 そして、 それまでの偏った防衛だけではない生き方を選ぶことができるようになります。

 今の防衛(=power、力)をすぐにぶっ壊してしまうと今より状態が悪くなる可能性が大いにあります!
 そうではなく、資力を高めながら自らが偏りを手放せるように支援していきますから、そのようにはなりません。


ご安心ください。

2014年3月8日土曜日

Q. 20 困った生き方に関連する出口の見えないような問題は、薬だけで解決するか?

薬だけで生き方まで健康にはできません。
そのような薬があれば、ーーー恐ろしい。

生き方が健康的でないと、薬物療法だけでは回復できない諸問題で苦しみ続けることになります。

例えば、熱心かつ献身的に働きすぎて燃え尽きた会社員、生徒指導や保護者、同僚とのかかわりの中で傷つき仕事を続けることができなくなった教師。このような病的状態が「結果」だとするとそれには必ず「原因」があります。

人は性格構造のままに生きるし、突如として災害などに見舞われた場合は別として、生きたように死んでいくものだと思っています。

いわゆる精神的な病気はなく、「精神的にやんでいる」状態が生じているのならば、誰でも性格構造のまま生きてきた生活の延長線上に何か思い当たることがあります。

数例を挙げるとーーー、さまざまな心残りや怒り、悲しみ、未解決の人間関係、(12歳頃に強く思い込んでしまった)信条/信念によりやってしまったことなどには、薬物療法は解決をもたらしません。

時間と手間とエネルギーを使って問題解決の取り組みを行うしか方法はありません。そして、それにはさまざまな方法があります。ボディナミックスはその一方法です。性格構造・自我機能・骨格筋をその母体として展開するセラピーです。

性格構造(発達課題に伴って生じた人それぞれの偏りの数々)と自我機能(グラウンディング:地に足がついており現実認識ができている。センタリング:自分の中心をしっかりと保っている。バウンダリー:人間関係や生活において境界線の管理ができている。これらを含めて全部で11のボディナミックス自我機能があります。)と関連する骨格筋を活用して、ピンポイントで問題状態からの回復支援を行います。

最後に、はんだカウンセリングハウスでは、目的として「健康的な生き方を取り戻す!」とHPに書いています。宗教か?カルトか?と思われる方がおられるかと思います。違います!精神的にやんでいる状態を「生き方の問題」としてとらえているので、このように目的を掲げました。薬の力が届かないところでお役に立てれば幸いです。

HPもどうぞご覧ください。はんだカウンセリングハウス

2014年3月6日木曜日

Q. 19 はんだカウンセリングハウスは、宗教の隠れ蓑か?

特定の宗教とは一切関係がありません。
伊予エマウスの家は、愛称です。

この愛称がキリスト教を連想させるかと思います。この名称は、聖カタリナ学園で長年にわたりお世話になったシスター(聖ドミニコ宣教修道女会の修道女)からいただきました。エマウスは、聖書に登場する地名です。

愛媛県松山市にある聖カタリナ大学や聖カタリナ女子高等学校などは、聖ドミニコ宣教修道女会が経営しています。詳しくは、ホームページでご確認ください。

はんだカウンセリングハウスの主宰者である私は、18歳の時に洗礼を受けたクリスチャン(キリスト信者)であり、キリスト教は私個人の信仰です。そして、ボディナミックスというセラピーのプラクティショナー(実践者)としての活動を仕事として始めました。


私たちは、Be(個人)→Do(行動、すること)→Have(結果、成果)→Be→Do→Have→Be----→Haveのサイクルをぐるぐると生きている。このサイクルで説明すると、クリスチャンの「はんだ」という個人が、ボディナミックスのプラクティショナーという役割でもって行動している。そして、その活動の場が、はんだカウンセリングハウスと言うことになります。

HPもどうぞご覧ください。
はんだカウンセリングハウス

Q. 18 ホワイト・ホール (White hole)とは何か?

もう一つの「盲点」です。

ボディナミックスでは、ホワイト・ホール (White hole) は「自分にとっては分かりきったこと、あるいは当たり前のこと」の意味合いで使います。 また、自分には分かっていないことの盲点は、ブラック・ホールと呼びます。

もともと宇宙物理学分野で使われる用語のようですが、ホワイト・ホールという表現の方は日常ではあまり耳にする機会がないと思います。

分かりきったことが盲点にどうしてなるのでしょうか。

例えば、性格構造が思考型の人は、恐れについては分かりきっていますが怒りについてはよくわからない感じがあります。その真逆の情動型は、怒りは当たり前のことですが、恐れについてはあまり良く分からない人です。

さて、思考型の人と情動型の人が、恐れと怒りについて対話するとどうなるでしょうか。

ホワイト・ホールのまま、つまり、自分にとって「分かりきったこと、当たり前のこと」前提の会話だと、お互いに話のピントは合いません。相手にも分かりきっていることであると思い込み、説明や配慮の必要性に気づくことなく話をすることがその原因と言えるでしょう。

HPもどうぞご覧ください。